完結作『卒業生には向かない真実』の大きすぎる衝撃
そして2023年7月14日。
予め過去2作品を読み直して、万全の状態で挑みました。ついに完結作です。
この完結作はもはや全てがネタバレになるので、絶対に読了してからこの先を読むようにお願いします。
まず、2作目を読んで何より心配だったのがピップの精神状態です。
それがもう…思ったより酷い状態になっていました。
世の中のありとあらゆる音が銃声に聞こえたり、ふとした時に手が血まみれに見えるようになっていたり。
そしてショックだったのが、前回の事件の捜査上で連絡先を入手した薬の売人から、自ら薬を買うようになってしまっていたこと。ピップはもう、薬なしでは寝られないようになっていたのです。
しかも、恋人のラヴィにもピップはそういうことを話しません。ピップはいつでも、辛いことや危険なことは全部自分で背負ってしまうタイプの子です。今回のピップは本当に見ていられませんでした。
こんなに本を読むのが辛いことがあるのかってくらい、ページを捲るのがしんどかったです。みんなが惚れたあの1作目の元気なピップはもうそこにはいませんでした。
そしてピップは、過去に起きた連続殺人を捜査していました。
なぜピップが捜査をするのか、それはぐちゃぐちゃに分裂してしまった自分を全て正しい状態に戻すために、白と黒がはっきりした事件に没頭したかったから。どこまでも悲しい。
しかし、とある日からピップの家の前にはチョークの意味深な落書きや首のないハトが置かれるようになります。
これはまさに過去の連続殺人事件を示唆しており、ピップとラヴィはあの事件は終わってないのではないかと考え始めます。
そして、次のターゲットがピップなのではないかと。
ピップは、もはや顔馴染みであるホーキンス警部補に相談をしにいきます。ストーカー行為を受けていて、自分の身に危険が迫っているかもしれないと。
しかし、ホーキンスはまたもその材料だけでは捜査までは踏み切れないと言います。
ピップは心の底から失望していました。1作目の事件ではサルを犯人だとして再捜査をしない、2作目の事件ではジェイミーをただの家出かもしれないと捜査してくれない、いつも自分が正しかったのに、自分が代わりに捜査したから真実に辿り着いたのに、今回も何も変わらないと。
レイプ魔であるマックスは今はもう釈放されて普通の生活を送っています。ピップの中で正義というものの存在が揺らいでいきます。司法や警察はなんのためにあるのか。正義なんてまやかしなのだと。
そしてピップはホーキンスに頼りに来た自分をも責めてしまいます。いつも助けてくれなかったのになんで今回だけは助けてくれると思ったのか。警察や司法はいつだって自分の味方をしてくれなかったのにどうしてと。
もう本当に辛すぎて読んでいられない感覚になったのは久しぶりかもしれません。
それほどまでにピップの境遇が辛すぎるし、本当に精神状態がボロボロなんです。
今回のストーカー行為が示唆している過去の連続殺人は、すでに解決して犯人も自白という形で逮捕されていました。
しかしピップは、その自白した男の情報を追えば追うほど、彼は自白させられただけで真犯人ではなく、真犯人は今この街にいて自分の命を狙っていると確信を持つようになります。
しかしピップはもう警察に相談することはしません。自白で終わった事件をあの警察が新たに捜査しなおすことなんてありえないからです。
この考えが、この3作を読んでいると読者側としても同じように共感できてしまうのがまた辛いです。
ここから、中盤以降のさらに大きなネタバレがあるのでめちゃくちゃ注意です。
再度念押ししますが、ここからは絶対本を読んだほうがいいので、読了した方のみ進んでください!
そしてついにやってきました。ピップが犯人のターゲットになる日が。
ピップは非通知の電話番号を暴くアプリを入れて犯人を返り討ちにしようとしていましたが、まさにその瞬間に犯人に拉致されてしまいます。
全身をダクトテープで巻かれて監禁されてしまったピップは、頭の中で妄想のラヴィと会話することでなんとか脱出に成功します。
そして、再び様子を見に来た犯人をピップは…
殺してしまうのです。しかも明確に殺意を持って。
正直、この展開は予想はしていました。2作目の最後から。ただ、一番こうなってほしくないと思っていた展開でもありました。でもまさか本当にこっちの展開に持っていってしまうとは…
しかもピップは、これが正義だと確信して殺してしまうのです。
今更警察に本当の犯人を見つけたといっても信じてもらえるはずがない、そしてその間自分は狙われ続け、周りの家族、今となっては貴重な友人たちに危害が及ぶと考えて。
ピップは自分がやってしまったことに対して精神的に衝撃を受けますが、さらに一つ悪魔的なアイデアを思い付きます。
それが、その殺人の罪を釈放されたマックスに着せ、今度こそ捕まえるということです。
このあたりから完全に読者の気持ちは置いていかれる気がします。完全な「私刑」というやつですね。
ピップはいざとなったら自分だけに全ての罪が集中するように考えながら、恋人のラヴィや友人たちに協力を要請します。
ラヴィは全ての真実を知った上で、ピップに協力することを決めます。ラヴィはピップを誰よりも愛しているし、今までもどんなときでもピップの味方でした。
そしてピップは、ラヴィ以外の友人たちには何があったかを告げず、あくまでアリバイ工作にだけ協力してもらいます。友人たちが嘘をつくことなく、正しい証言をすればそれだけでピップのアリバイが成立するように。
ピップは過去の犯罪捜査で死亡推定時刻をずらす方法や警察の捜査の手法をほとんど把握していて、ピップには警察を騙す絶対の自信がありました。
殺人という大きな罪を犯し、証拠を隠滅するためにたくさんの工作をし、大切な家族や友人たちにも絶対に言えない闇を背負ってしまったピップ。
死体のトリック工作を終え家路に着くとき、家の外から賑やかに話す家族を見つめるピップのシーンがあまりにも切なすぎて胸が締め付けられます。
ピップは、「いつから親に、弟に、愛してると言ってなかったか」と自問自答します。そして、これがきっと最後になるからと、気持ちを伝えるんです。もうこのへんから涙腺が刺激されてヤバい。これミステリだよね?作家ホリー・ジャクソンの凄まじい手腕に脱帽するばかりでした。
そして死体が見つかり、ここからは警察とピップの対決が始まります。こんな話になるとは。
ホーキンスによるピップの取り調べはもう本当に怖くて、どこかでピップがミスをしているんじゃないかと不安でしかたなかったのですが、
案の定、ピップのヘッドホンが殺した犯人の家から見つかってしまいます。ピップはもう犯人と数年会ってないと言ったのに。
犯人はターゲットから戦利品を集める癖があり、ピップを監禁した際にヘッドホンを盗んでいたのです。
絶望するピップ。ピップはもう自白するしかないと、ラヴィに告げにいきます。この3作目の帯にもあるように、ピップは自分が人を殺したという真実から、決して目を背けませんでした。
もうこのへんは、完全にクライマックスが予想できずに夢中で読み進めていました。
というのも、ピップが殺人という罪を犯してしまった時点で、もう物語は確実にバッドエンドルートだと思って読んでいるんですよね。
でもどこかでそうであってほしくない、ピップには幸せになってほしい、でも人を殺してしまったから…でもこれでバッドエンドならあまりにも救いがなさすぎる…という、自分の中でどうしても消化できない葛藤が渦巻きます。
この感覚は凄いですね。普通の読書では絶対に抱くことがない気持ちです。この三部作だからこそ、そして主人公が魅力的なピップだからこそこんな気持ちになれたのだと思います。
このシリーズの読者は、みんなピップが大好きなんですよね。
ここでは物語の結末を書くことはしませんが、この『卒業生には向かない真実』はとんでもない問題作だと思います。賛否両論率120%です。こんなものを書くホリー・ジャクソンは本当に凄い。
『自由研究には向かない殺人』を読んだ時から、あまりの面白さにとんでもない作家さんが現れたと思っていましたが、まさか話がこんな方向に進むとは。
クライマックスでは、普通に泣きそうでした。あまりにも切ないので。
2作目の最後からずっと精神が壊れていたピップですが、そんなピップが日常の大切さとか身近な人たちの大切さに気付くきっかけになったのが、もう二度と戻れない殺人という罪だというのが、描き方として凄すぎます。
読んでいるほうも、3作約1500ページに渡ってピップやその家族、親友たちと時間を共にしてきましたから、ピップがその大切さに気づいて感謝するシーンはもう感情がぐちゃぐちゃでした。
このクライマックスを書ける作家は、ホリー・ジャクソンしかいないんじゃないかって思わされました。それほどに余韻が凄まじいです。
ミステリだと思って読んでたはずなのですが、いつのまにか冒険小説に夢中になっていて、そして終わってみればこれは愛の物語だったんだと思います。
物語が終わった後のあとがきである謝辞を読むと、ホリー・ジャクソンが自身の体験から現実の歪んだ正義に怒りを抱いていて、それがこの物語にも反映されているということがわかります。
つまり、作家であるホリー・ジャクソンにとってピップはヒーローであり、誰よりもピップを深く愛していた、そういう物語だったということがわかるのです。
ここで、物語の受け取り方がまた大きく変わるんですよね。あのエンディングは必然だったのだということに、また新しい感動が生まれます。
素晴らしい物語をありがとう、ホリー・ジャクソン。
ありがとう、ピップ。