ミステリ

『アクロイド殺し』はアンフェアなのか?伏線を解説&ドラマ版2作品の紹介と違いについて

こんにちは!シュガーです。

今回改めてミステリの名作『アクロイド殺し』を読み直してみました。

この作品はアガサ・クリスティの「フェア・アンフェア論争」でも有名な作品。今回は私なりに今読んでみてどうなのか考えを書いてみたいと思います。

ネタバレだらけな上に、犯人とトリックありきで書いていくので未読の方は回れ右をお願いします。

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『アクロイド殺し』の伏線解説

まず、重要な部分から。

わたしはデスクの引き出しをひっかき回して、きちんと揃えていない原稿の束を渡した。将来、出版されるかもしれないことを視野に入れて、章に分けてあった。昨夜、ミス・ラッセルの訪問まで書き上げておいた。つまり、ポアロは二十章分を受け取ったのだ。

『アクロイド殺し』ハヤカワ文庫、394頁

まず大前提として、『アクロイド殺し』では、この作品が一人称小説ではなく、前半部分がシェパード医師の手記であることが推理ショーの前の段階で明らかにされています。

この時点で、ある意味では前半部分、特に犯行部分については何でもアリ状態なのは否めません。(が、もちろんこの作品では嘘は1つも書いてありません。ミステリですからね)

実際に、犯行があったタイミングは第4章〜第5章ですが、そこでは当然シェパードがアクロイドを殺したという記述はなく、自殺したフェラーズ夫人からの手紙を読んでもらおうと頼みこむも読んでもらえずそのまま帰ったというように書かれています。しかしここも非常に巧妙で、

その手紙は九時二十分前に運ばれてきた。わたしが彼のもとを辞したのは、ちょうど九時十分前で、手紙はまだ読まれていなかった。わたしはドアのノブに手をかけたままためらい、振り返って、やり残したことがないだろうかと考えた。何も思いつかなかった。首を振ると、部屋の外に出てドアを閉めた。

『アクロイド殺し』ハヤカワ文庫 74頁

となっています。

まさに「本当のことを細かく書いてはいないが、嘘は書いてない」という感じですね。

手紙が運ばれてきた9時20分前から、部屋を出ていく9時10分前までの間にシェパードはアクロイドを殺し、いろいろ小細工をしていたのですから。

やり残したことがないかと振り向くあたりも普通なら注意しないところですが、わかっていて読むと怪しさ満点で面白いですよね。

この後、部屋の前に執事のパーカーが立っていたので驚いたというところもいい記述です。映像化ではここが再現されていませんでした。

その後、シェパードは執事のパーカーと同時に死体の第一発見者となりますが、ここでも面白い記述があります。

「すぐに警察に電話をかけてきてくれ。起こったことを報告するんだ。それから、レイモンドとブラント少佐に知らせてほしい」

「承知しました、先生」

パーカーは汗のにじんだ額をぬぐいながら、急いで立ち去った。

やるべきことはほとんどなかったが、わたしはそれをすませた。死体の位置は変えないように、そして、短剣にも触れないように注意した。

『アクロイド殺し』ハヤカワ文庫 83頁

シェパードは、パーカーに警察を呼ばせて1人になったあと、「やるべきことはほとんどなかったが、それをすませた」わけです。

当然これが、犯行トリックにもなった蓄音機の回収と、蓄音機が見えないようにしていた椅子の位置を元に戻す行為を指しています。

普通に考えて、ほとんどないにせよ死体を見つけた後に「やるべきこと」ってなんなんだ!って話ですが、シェパードは医師なので脈の確認とかそういったことなんじゃないかと思えてしまうのが上手くミスリードになっています。

『アクロイド殺し』はアンフェアなのか?犯人を当てることができる作品なのか?

結論からいえば犯人当てはできます。それでいて明らかにフェアだと思います。

私は初読時のときにはすでに犯人が誰か知っていたので(有名すぎて回避不能w)体験談は語れませんが、実は読み返してみるとトリックうんぬんではなくシンプルにわかりやすい事件だと思います。

 

ただ、核となるのはもちろん「一人称」。

この作品では、初読時は一人称視点だと思ってしまうので、その前提として「虚偽の記述は一切ない」という信頼を持って読書に望むことになります。上で解説したようにこの作品では嘘は書いてないですが、本当のことを詳細に書いているわけでもないので、騙されかねないですね。

当時アンフェアだと言われていた理由もここにあって、「ワトソン役の人物が自分の考えを隠す」ことがアウトだと言われていたようですね。

しかし、この作品では終盤でこれは一人称小説ではなくただの手記であることが明らかにされます。つまりシェパードはこの小説の語り手ではなく、あくまで登場人物の1人に過ぎないという意味になりますね。

そして、ここで一度冷静になってフラットに考えることができると犯人には容易にたどり着けるように思います。

 

まず第一に、事件が起こったタイミング。

フェラーズ夫人の自殺の原因が恐喝にあるということが明らかになり、アクロイドはシェパードと2人きりのときに自殺した夫人から届いた恐喝犯の名前が書かれた手紙を読もうとし、途中で読むのをやめる。そしてその後殺される。

犯行後に夫人からの手紙が消えていたことから、これがアクロイド殺しの動機だというのは容易に見当がつきます。

このタイミングからして、まず最高に怪しいのが自殺した夫人からの手紙の存在を知っているシェパード医師ですよね。むしろ怪しすぎるくらいです。(この時点では、シェパードの犯行後にすぐ部屋の外にいたパーカーも怪しいですが、死体発見時と警察到着後で椅子の位置が微妙に変わっていたことに気づいてポアロに教えたことから犯人とは考えにくい)

 

ここからは、普通に読んで犯人にたどり着くことができるヒントになり得る部分を拾っていきます。

「アクロイドさんといっしょにいるのはシェパード先生だとばかり思っていたので、そのやりとりは実に奇異に感じられたんですが。覚えている限り正確に申し上げると、アクロイドさんがこうおっしゃっていたんです。”最近、とても物入りなので”それから”残念ながらあなたの要求に応じることはできかねる……”

『アクロイド殺し』ハヤカワ文庫 91頁

シェパードが帰ってから死体発見までにはアクロイドと会っていた人間はおらず、そのかわりに話す声を聞いたという人物が2人。

この後フローラ・アクロイドが10時15分にアクロイドに実際に会っておやすみの挨拶をしたと証言するのですが、実はこれはお金を盗みに部屋に入ろうとしたところをパーカーに見つかったので咄嗟についた嘘でした。(そしてアクロイドがそのくらいの時間に殺されたと言われてショックで気絶している)

つまりシェパードが帰った後にアクロイドは声を聞かれただけであり、しかもこの作品には蓄音機が登場しています。これを結びつけるのは現代の読者なら何の苦労もしませんね。

 

あとは、この作品に関してはポアロの推理ショーの通りです。笑

 

殺した後にシェパード医師の元に電話がかかってきてその日のうちに死体発見をさせたかったのは、犯人が翌朝でなくその夜のうちに発見してほしいから

その夜に発見されたいのは警察が来る前に現場にいたい(=現場でやりたいことがある)からで、朝でも第一発見者になれるアクロイド邸にいる人間は容疑から除外

殺人を犯したときには持ち去れず、発見時に持ち去りたいものがある=アクロイドの声を聞かせて犯行時刻をずらせる蓄音機=蓄音機を持ち去れるような入れ物を持っている

医師であるシェパードが犯人

 

 

こう振り返ると本当にお手本のようなミステリだと思いますね…。

手記であるという真実が最後に明らかになった場合はアンフェアと感じるのも無理はないですが、解決前にしっかり情報として与えられている以上、アンフェアとは考えにくいですね。

『アクロイド殺し』は2度映像化されているが、『黒井戸殺し』は名作なので観てください

ここからは映像版の『アクロイド殺し』の話です。

原作を読んだけど映像版を見ていないという方にはぜひ一度見てみてほしいですね。

BBCドラマ版『アクロイド殺人事件』

ポアロのドラマといえばスーシェ版のBBCドラマですが、正直このアクロイド殺人事件に関してはあまり出来が良くないです。原作とも異なる点が多いです。

この作品はもっと後半のドラマ性が高くなった時期に持ってきたほうがよかったんじゃないかなと…。犯人を許すことに心の葛藤がある『オリエント急行の殺人』の後がよかったと個人的には思っています。

というのもこの作品は、ポアロ物には珍しく犯人に自殺を勧めるんですよね。このダークさがオリエント急行〜カーテンまでの流れの繋ぎにピッタリだと思います。

が、ドラマ版では結構前半の作品になります。なので必然的に結末が変わっているんです(ポアロが自殺を勧めるのではなく、犯人が抵抗の末にあきらめて自殺するという形)

原作の手記トリックも活かされていないので、予備知識ゼロでこの話を見ると、「なんでアクロイド殺しってあんなに超有名な作品なの?」と思ってしまうかも。それくらい映像でみると超普通です。

三谷幸喜版『黒井戸殺し』

BBCドラマとは真逆で、これは抜群にいい出来だと思います。めっちゃおすすめです。

三谷幸喜版の『オリエント急行殺人事件』の時もそうでしたが、原作に忠実に作りつつ疑問点を上手く解消しているのが素晴らしい。オリエント急行はちょっとコメディ色が強かったですが今作はそれもなく。三谷幸喜は絶対にクリスティ作品が大好きだなということが観るだけでわかりますね。

特に『アクロイド殺し』に関してはポアロが犯人に自殺を勧めるところに違和感を感じる人がそれなりに多いと思うのですが、この『黒井戸殺し』はある登場人物の要素に変更を加えたことで、かなり上手く着地させたなぁと。余韻も抜群に良くなっていると思います。

観たことがないという方は絶対にチェックしてください。2時間半以上あってとても贅沢な時間を過ごせましたよ。

『黒井戸殺し』と上のBBCドラマ版『アクロイド殺人事件』は、幸いなことに現在FODプレミアム(1ヶ月無料)でどっちも観ることができます(1ヶ月無料なので未体験ならタダで両方観れます)。

この前までポアロのBBCドラマはU-NEXTにしか配信されていなかったので、今が大チャンス。ぜひご覧ください。

(BBC版はアクロイド殺人事件と検索しても出ないので、「名探偵ポワロ」で検索してください。#46話がアクロイド殺人事件です)

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